生命力とは?
DNAとグラヴィトンと波動の回転周波数の仮説:
われわれ人体の細胞が60兆、それも絶えず動き、
絶えず新陳代謝で入れ替わり、
またそれぞれがコンピューターの役目も果たし、
記憶もし、あらゆる組織としても機能を果たしていく。
そのDNAはらせん状に2重又は3重ともいわれ、
またそれぞれのらせんからは光をも放っているとも言われている。
もっと細かい分野でみれば、原子そして素粒子そして波動の世界でもある。
DNAのらせん状にあわせて、ぐるぐる回るそれぞれの素粒子が、
60兆をはるかに超える、10の100乗位、否もっとかもしれないそんな数の
素粒子が地球コマのごとく回りつづけている、猛烈なスピードで、
いわゆるそれが生命力というものであろうか?
コマも勢いよく回っていると、まるで静止しているかのごとくまるっきりぶれない。
しかし、その勢いが衰えてくると傾いてきたり、ぶれて安定を欠く。
そうすると身体のどこかに支障をおこしてくる。
多少のことならば、他の素粒子の回転の勢いにつられて、、
また元通りに回転して安定した健康感を取り戻す。
しかしながら、環境や体内に入れるもの自体が、
波動値の低いものを、時には波動測定器で0やマイナスになるもの、
またその人個人個人によるが、その人の通常の波動値よりもかなり低いものを
体内に入れたり、外部感環境で接するだけでも、その人の波動回転周波数が
衰えるのは当然だろう。そんなときは、マイナスの異常感を抱くのではないだろうか?
そんなときには、グラヴィトンでもかなりヴァージョンアップした波動環境に自分をおいたり、
またそういうものを体内に入れると、ほっとするのではないだろうか?
手っ取り早いのが、グラヴィトンの結界の中に入るだけで、
またグラヴィトン波動の水をのんだり、
グラヴィトンの磁石のベッドにちょっと横になるだけで、
心身ともにほぐれていくような感じになる。
でも逆の場合もあるのだ。
日ごろ、周波数のかなり高い波動に接していない人々にとって、
急に、そんな場所に身をおいたり、そんなものを体内に取り込むと
その人の受ける感覚は、まず今までとは違うと思うのである。
意識していればいいが、たいがいは無意識のうちにせっかく入ってきたその波動を
衰えさせ、普段の周波数にもどそうとするのである。
たとえば、せっかくグラヴィトン水をいっぱい飲むように習慣づいてきたかとおもうと、
なにか、無償にファーストフードが食べたくなって、馬鹿食いしてしまったり、
わざわざ、町にでると、農薬やポストハーヴェスト等で汚染されたものを無意識のうちに
買ってしまって、自分で自分の通常の波動値に戻さなければ、自分の場がなくなると思うのか
そんなことをしてしまう。またケミカルいっぱいの芳香剤をかって置いてみたり、
化学薬品いっぱいのカビ落とし剤でお風呂やトイレをなぜか必死できれいにしようと思うのか、
自分の存在場を維持したくなるのか。
無理もないがそんなときは、解っている人が愛情をもって、
さとしてあげるのがいいけれど、
それでも、つい無意識にしてしまっていると、
「おまえ、ええ加減にせー!」といわんばかりのことがやってきて
やっとあっそうかと思うのである。 しかしそれでも悟らなければ、
そのコマは次第にゆっくりと回り始め、
そして完全にぶれ始める。
しかしこれらは、本人が気がつかない限り、誰も無理押ししてはいけないという宇宙の法則になっている。
なぜなら、それがそもそも個人個人が地球にきた目的なのであろうからだ。
誰も他の人の代わりにトイレに行ってあげることはできないのである。
口、鼻、目、耳そして皮膚からも感覚的に入ってしまったものに対する責務は、つまりそれらの出口や排出はその人に任せられている。






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